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浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)15号 判決

原告

田島俊雄外五三名

右原告ら訴訟代理人弁護士

金和夫

中村明夫

被告

上尾市長

荒井松司

右訴訟代理人弁護士

関井金五郎

萩原猛

町田知啓

清野孝一

被告

上尾商工会議所

右代表者会頭

北西兵造

右訴訟代理人弁護士

藤木孝男

主文

一  原告らの被告上尾市長に対する本件訴えを却下する。

二  原告らの被告上尾商工会議所に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告上尾市長(以下「被告市長」という。)が、被告上尾商工会議所(以下「被告商工会議所」という。)に対してした平成元年度における五八〇〇万円及び八三〇〇万円、合計一億四一〇〇万円の、同二年度における一五〇〇万円の各地域活性化基金補助金交付処分を取り消す。

2  被告商工会議所は上尾市に対し一億五六〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(被告市長)

主文と同旨。

2  本案の答弁

(被告ら)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは上尾市の住民である。

2  被告市長は被告商工会議所に対し、(1)平成元年度(毎年四月一日から翌年三月三一日まで。以下、同じ。)中に、同年一一月一日付申請により「地域活性化基金設立補助金」として五八〇〇万円及び(2)同二年一月一八日付要望書により、同じくその増額分として八三〇〇万円、以上合計一億四一〇〇万円を、(3)同二年度において「地域活性化基金補助金」として一五〇〇万円をそれぞれ交付する決定(以下、これを「本件各補助金交付決定」といい、これにかかる補助金を「本件各補助金」という。)をし、被告商工会議所に対し以上合わせて一億五六〇〇万円を支出して、交付した。

3  しかしながら、本件各補助金交付決定は次の理由により違法であるから、取り消されるべきである。

(一) 地方自治法第二三二条の二違反

被告商工会議所が上尾市における地域活性化事業の策定及び推進のために創設したという「地域活性化基金(以下「本件基金」という。)」は平成元年に発足したところ、これにかかる初年度事業計画においては、基金の積立を行うことと長期的な事業方針及び事業計画を策定するための研究を行うことがその内容となっているだけであって、その遂行のために資金を必要とする事業は全く含まれていない。そうであるとすれば、平成元年度に交付された本件各補助金合計一億四一〇〇万円はただ単に金融機関に預金されておくだけのものにすぎない。地方自治法第二三二条の二は、「地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」としているが、右のように具体的な使途も決まっていない状態のもとでされた本件各補助金の交付には公益上の必要があるとはいえず、本件各補助金交付決定は右法条に違反する。もっとも、本件各補助金は後の年度に、具体的な事業計画が立てられた段階で、その遂行のために使用されることになるとしても、そうであれば、その時点で補助金の交付をすれば足りることであり、前記のような形態での補助金の交付は地方公共団体における単年度予算の原則に反することである。

平成二年度における交付分を含む本件各補助金は、地域活性化基金(設立)補助金と称されているが、実際には東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)、JR北上尾駅建設促進同盟会(以下「同盟会」という。)及び上尾市の三者間で締結されたJR北上尾駅建設用地の売買契約に関し同盟会が上尾市に対して負担した代金債務の支払いのために交付されたものであり、全く公益上の必要性は認められないものである。右三者契約においては、(1)上尾市はJR東日本に対し駅建設用地を売り渡す、(2)同盟会はその代金二億九四二三万八四七二円につき支払債務を引き受ける、(3)JR東日本は右代金の支払を免れる、旨が約されている。同盟会は右代金支払のための資金を地元企業等からの寄附、一般市民からの募金等によって調達する計画であったが、予定したようには寄附等が集まらず、右代金を支払うことができなかった。そこで、被告商工会議所が金融機関から合計で三億四〇〇〇万円を借り入れ、その全額を同盟会に貸し付け、同盟会はこれで右代金を支払った。しかし、同盟会が右肩代わり資金を被告商工会議所に返済することは期待できず、被告商工会議所自身も借り入れた金融機関に対する返済資金の調達に窮するに至った。本件各補助金は実際にはこの返済資金に充てるために交付されたものである。このように、本件各補助金の交付は被告商工会議所、同盟会及びJR東日本のみを利するものであって、公益上の必要はなく、地方自治法第二三二条の二に違反する。

(二) 地方財政再建促進特別措置法第二四条第二項及び昭和六二年三月三日付自治省通達違反

地方財政再建促進特別措置法第二四条第二項は、地方公共団体の国又は公社等に対する寄附等を禁じており、右規定は、国鉄改革関連八法案の一部を改正する法律案に対する国会の付帯決議並びにこれに基づく昭和六二年三月三日付自治省通達により、日本国有鉄道の分割民営化によって設立されたJR東日本に対する寄附金等についても適用されるところ、前記のとおり、本件各補助金は、被告商工会議所が、同盟会の上尾市に対する北上尾駅建設用地売買代金の支払いを肩代わりし、そのために金融機関から借り入れた資金の返済に充てる目的で交付されたものであり、上尾市は自ら売った土地の代金を自ら負担するという奇妙な結果を招来し、最終的にはJR東日本による右用地の無償取得を援助したのであるから、本件各補助金の交付は右法条及び自治省通達に違反する。

4  前記のとおり、本件各補助金の交付は違法であり、地方自治法第二条第一五項、第一六項により無効である。のみならず、上尾市と被告商工会議所間のその授受に関する私法上の契約も公益に関する法令に反することを目的とするものであるから、公序良俗に違反し無効である。そうであるとすると、上尾市は本件各補助金を交付したことにより合計一億五六〇〇万円の損害を被り、被告商工会議所は同額の利得をしたのであるから、被告商工会議所は上尾市に対しこれを返還すべきである。

5  原告らは平成二年五月二四日、上尾市監査委員に対して、地方自治法第二四二条第一項に基づき、右平成元年度交付分について違法な公金支出によって上尾市が被った損害を補填し、平成二年度交付分について違法な公金の支出をしないような措置を講ずべきことを請求したが、同監査委員は同年七月二一日付でこれを棄却する決定をし、その通知は同月二三日に原告らに到達した。

よって、原告らは、地方自治法第二四二条の二第一項第二号に基づき、被告市長に対し本件各補助金交付決定(処分)の取消しを、同条の二第一項第四号に基づき、上尾市に代位して、被告商工会議所に対し上尾市に右不当利得金に相当する一億五六〇〇万円を支払うことをそれぞれ求める。

二  被告市長の本案前の抗弁とこれに対する原告らの主張

(被告市長の本案前の抗弁)

地方自治法第二四二条の二第一項第二号にいう行政処分とは、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と性質を同じくするものであり、地方公共団体がその優越的地位に基づき公権力の発動として私人の権利・自由を制限し、若しくはこれに義務を課す性質のものでなければならない。

しかしながら、補助金の交付は、一般に地方公共団体とこれを受ける民間団体が対等の地位において締結する私法上の贈与契約であり、その交付決定は地方公共団体における意思決定であって、これには右にいう行政処分性は存しない。もっとも、法令等において一定の政策目的達成のために特に補助金の交付決定に行政処分性を付与していると認められる場合には、当該交付決定は右にいう行政処分に該当すると解されるが、本件各補助金は、上尾市補助金等交付規則及び上尾市地域活性化基金設立補助金交付要綱に基づき交付されたものであり、右前者は「補助金等に係る事務の適正な運営を図るため」(第一条)補助金交付についての基本的事項を定めるとともに、主として補助金等の交付の手続を定めたものであって、いかなる場合に補助金を交付するか、その交付・不交付決定に対する不服申立て等については特段の定めをしていない。後者には、補助金による補助対象事業等、交付申請書及び実績報告書の提出期限並びに提出方法、補助金の交付時期についての定めはあるが、補助金の交付に関しては「予算の範囲内で補助金を交付する。」と定めるだけであって、いかなる場合に市長は補助金を交付しなければならないか、その額についての規定は存せず、その交付・不交付の決定に対する不服申立てについての定めも存しない。このように、後者は、つまるところ、前者の第二四条の規定を受けて、補助金交付の内部的手続きを定めたにすぎないものである。したがって、右規則及び要綱によっても、本件各補助金の交付決定に行政処分性が付与されたとはいえないのであり、原告らの被告市長に対する本件訴えは、地方自治法第二四二条の二第一項第二号の請求の対象とはなり得ない事柄を対象とするものであるから不適法である。

(原告らの主張)

地方自治法第二三二条の二の規定による補助金の交付は地方公共団体がその行政目的を実現するために恩恵的、援助的に行う公法上の単独行為であり、その交付決定は同法第二四二条の二第一項第二号にいう行政処分に該当する。

三  請求原因に対する認否

(被告市長)

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3の各事実のうち、JR東日本、同盟会及び上尾市の三者間で、JR北上尾駅建設用地の売買に関し原告ら主張の趣旨の契約が締結されたことは認める、本件基金にかかる初年度事業計画の内容は不知、その余は否認する。

4 同4の事実は否認する。

5 同5の事実は認める。

(被告商工会議所)

1 請求原因1、2の各事実は認める。

2 同3の各事実のうち、本件基金にかかる初年度事業計画の内容、JR東日本、同盟会及び上尾市の三者間で、JR北上尾駅建設用地の売買に関し原告ら主張の趣旨の契約が締結されたことは認めるが、その余は否認する。

3 同4の事実は否認する。

4 同5の事実は認める。

四  被告らの主張

1  被告商工会議所は、商工会議所法に基づいて設立された法人であり、首都圏の中核都市として飛躍的な進展を遂げてきた上尾市を代表する地域商工業団体である。本件基金は、被告商工会議所が二一世紀を展望して長期にわたり地域産業の振興をはじめとする地域活性化事業を定着させ、魅力ある地域創出に積極的に対応していくために、(1)商店街区の近代化、モール化事業、(2)工場団地等の緑化、環境整備事業、(3)交通網の整備拡充に資する事業、(4)商工会館等の建設事業、(5)勤労者の福利厚生に関する事業、(6)文化、歴史の保存、調査事業、(7)CATV事業、(8)その他地域活性化に資する事業等を長期的視野に立って展開することとし、そのための資金の確保を目的として創設されたものである。

被告市長は、被告商工会議所からの要望に基づき本件基金に対する補助金の交付が長期的視点から市内商工業の振興及び地域活性化に資すると判断し、そのための予算措置を講じ、議会の承認を経て本件各補助金の交付決定をしたものである。したがって、本件基金に対する補助金の交付は一会計年度限りのものではなく、市財政の許す限り長期的に継続して行われるものであり、右のような目的のための補助金の交付が地方自治法第二三二条の二にいう公益上の必要を満たすことは明らかである。

一方、補助金の交付を受けた被告商工会議所としては、これを基金の積立金に組み入れ、その事業計画に則って、独自に管理し運用するのであって、地方公共団体から補助金の交付を受けた事業体がその補助金を当該地方公共団体の会計年度内に支出しなければならない理由は全くない。

2  JR高崎線の上尾駅と桶川駅との中間に「北上尾駅」(当初の段階では仮称)を、いわゆる請願駅(地元の要請に基づいて新設される駅で、建設費を地元が全額負担するもの)として建設することは、昭和六二年一二月、当時の日本国有鉄道によって承認され、実現の運びに至った。同盟会は北上尾駅の建設を実現するため関係地元住民、上尾市議会、上尾市等の支援によって結成された団体であり、被告商工会議所は、北上尾駅の建設が地域活性化に寄与するとの判断のもとに、当初から同盟会の活動を支援してきた。その活動が実を結んで、北上尾駅は昭和六三年一二月開業の運びとなったが、同盟会による市民団体を対象とする募金活動は思うにまかせず、同盟会は、右開業の時点で、上尾市に対する駅舎及びホームの建設用地の売買代金をはじめ多額の債務を負っていた。そこで、被告商工会議所は上尾市内の一一の金融機関から三億四〇〇〇万円を借り受け、同盟会に対し、そのうち二億円を寄附し、一億一四一二万八九五二円を貸し付けた。金融機関に対する右三億四〇〇〇万円の返済資金については、被告商工会議所は、当初、そのうち二億円については会員である事業所からの地域活性化促進のための拠出金を、一億四〇〇〇万円についてはその後の募金活動によって集まる資金による同盟会からの返済金をそれぞれ充てる計画であった。しかし、同盟会からの返済はその後の募金活動が奏功しないため期待できず、大口の拠出をしてくれることになっていた事業所は直接被告商工会議所に寄附したのでは課税上の優遇措置を受けられないため上尾市に対し地域活性化促進のための資金としていわゆる指定寄附をするに至り、その金額は平成元年度において一億一〇〇〇万円、同二年度において一億一二五〇万円、同三年度において八〇〇万円に及んだ。そこで、被告商工会議所は、本件基金が創設されたのに伴い上尾市に対しこれを本件基金に補助金助成するとともに、一般財源からも補助金助成するように要望し、こうして、上尾市からは本件基金に対する補助金として平成元年度において一億四一〇〇万円、同二年度において一億一二五〇万円、同三年度において一億八〇〇万円、同四年度において二五〇〇万円が交付された。

ところで、被告商工会議所の金融機関に対する前記三億四〇〇〇万円の借入金は、最終的には本件基金からの出捐によって返済されているが、それはJR北上尾駅の建設が交通網の整備拡充に資する事業の一環であり、それ自体高度の公益性を有するとの被告商工会議所の判断によるものである。このように、本件各補助金は本件基金に対して交付されたものであって、右三億四〇〇〇万円の借入金の返済に充てるために交付されたものではなく、結果的に、その一部が右借入金返済の原資となったとしても、これが公益以外の目的のために使用されたというわけではないし、JR東日本が北上尾駅の駅舎及びホーム建設用地を無償取得するについて上尾市が援助したことにもならない。

3  日本国有鉄道改革等施行法の制定に伴い改正された地方財政再建促進特別措置法第二四条第二項では寄附金等の支出制限の対象法人から日本国有鉄道は除外され、民営化により発足した各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社はその対象法人ではなくなった。このことは、昭和六二年三月三日付自治省通達でも、「今回の国鉄改革に伴い新たに発足する各旅客鉄道株式会社……は、同項の寄附金等の支出制限の対象法人とならないものである……」と明言されており、上尾市がJR東日本に対し寄附等を行うことが右法条に違反するものでないことは明らかである。また、右通達はあくまで行政指導であって法規性を有しないのであるから、仮に本件各補助金の交付が右通達のいずれかの部分に違反するところがあるとしても違法の問題は生じない。

右法条は、これにより規制する寄附金等が、地方公共団体の財政運営に重大な支障を与えるおそれがあるところから、寄附金等の支出を禁じているのであるが、前記のとおり本件各補助金は被告商工会議所の会員である事業所からのいわゆる指定寄附と上尾市が国から交付を受けた「ふるさと創生資金」の一部をその財源としているものであるから、本件各補助金の支出は上尾市の財政を圧迫するものではない。

五  原告らの反論

1  本件各補助金は、被告商工会議所の金融機関に対する三億四〇〇〇万円の借入金の返済のために交付されたものであること以外の何ものでもない。被告らは、地域活性化のために被告商工会議所においてその主張のような事業の推進を図ろうとしているというのであるが、本件各補助金が交付された時点では、これらの事業は単なる題目として謳われていたにすぎず、まったく具体性を備えていなかった。したがって、これらの事業がいかに公益性の高いものであるからといって、この時点で補助金を交付する必要はなかったのである。被告商工会議所から上尾市に対して本件基金に対する補助金助成の要望があったのは平成元年七月三日付の書面によってであり、これは被告商工会議所の金融機関に対する右借入金の返済の目処が立たなくなったのと時期的に一致している。現に、本件各補助金の積立金は交付の次の年度ではすべて取り崩され、そのほとんどが右借入金の返済に充てられている。

2  被告らは、本件各補助金の財源の大部分は、被告商工会議所の会員である事業所からの上尾市に対する指定寄附によったものであるというが、指定寄附といえども、一旦、市に受納された以上、公金となることは明らかであり、当然には被告商工会議所に対して交付されるべきものではない。

3  JR北上尾駅の建設は、同盟会と被告商工会議所が中心となって事業の推進を図ったのであるが、その資金確保について重大な見通しの誤りがあった。被告商工会議所は資金の不足を一時的に金融機関からの借入金で賄い、会員である事業所からの拠出金と同盟会からの貸付金返済金によってこれを返済しようとしたのであるが、これが困難となったため、上尾市から補助金の交付を受け、これによって右借入金の返済をしようとしたものであり、本件基金はそのための隠れみのとして設けられたものにすぎない。被告商工会議所は、自らの判断と責任において右借入れをしたのであるから、その返済も自らの責任においてすべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告市長に対する訴えの適否について

1  地方自治法第二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と規定している。これによれば、寄附又は補助をするかどうかはもっぱら普通地方公共団体の意思に委ねられているのであり、その受給希望者に対して何らかの権利ないし利益を認めたものでないことは右規定の文言上明らかである。

2  〈書証番号略〉、証人堀越雅夫の証言によれば、上尾市においては地方自治法第二三二条の二にいう寄附又は補助に関し上尾市補助金等交付規則(昭和五四年三月三〇日規則第四号)が定められ、さらに本件基金に対する補助に関しては上尾市地域活性化基金設立補助金交付要綱(平成元年一〇月一二日市長決済)が定められていること、右規則及び要綱は、(1)上尾市は、市内商工業の振興及び地域の活性化を図るため、地域活性化基金を設立する被告商工会議所に対し、毎会計年度予算の定めるところに従い、その予算の範囲内で補助金を交付するものとすること(規則第四条及び要綱第一条第一項)、(2)被告商工会議所は、補助金の交付を受けようとする場合は、毎年九月三〇日までに(ただし、市長が特別の理由があると認めた場合は、この限りではない。)、所定の書類を添付した交付申請書を提出しなければならないこと(規則第五条第一項及び要綱第三条第一項)、(3)被告商工会議所は上尾市に対し、交付を受けた補助金に関し所定の実績報告書を提出しなければならないこと(規則第一三条及び要綱第四条)、(4)上尾市は被告商工会議所が補助金を他の用途に使用するなど一定の事由が存在するときは、それに関係する補助金交付決定を取り消すことができ、その取消しにかかる補助金の返還を命ずるものとすること(規則第一八条、第一九条)がそれぞれ定められており、本件各補助金はこれに基づいて交付されたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

3 右事実によれば、上尾市は、被告商工会議所からの補助金交付の申込み(申請)に対して、これを承諾し、本件各補助金を交付したのであり、被告市長が被告商工会議所の意思にかかわりなくその優越的地位においてこれをしたものでないことは明らかである。したがって、本件各補助金の授受に関する上尾市と被告商工会議所間の法律関係は申込みと承諾との意思表示の合致からなる一種の私法上の贈与契約と解するのが相当であり、被告市長がした本件各補助金の交付決定は上尾市の内部における最終的な意思決定ないしは被告商工会議所に対する承諾の意思表示であって、地方自治法第二四二条の二第一項第二号にいう行政処分たる行為に該当しないというべきである。したがって、原告らの被告市長に対する本件訴えは、住民訴訟によって取消しを求めることのできない事柄をその対象とするものであるから不適法であり、却下を免れない。

二被告商工会議所に対する請求について

1  請求原因1、2の各事実は被告商工会議所との間では争いがない。

2  前示〈書証番号略〉、証人赤坂稔の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告商工会議所は商工会議所法に基づいて設立された法人であり、上尾市内の商工業者を会員とする団体である。全国の商工会議所を会員とする日本商工会議所は、昭和六三年秋の会員総会で「産業構造の転換と商工会議所」と題する決議を採択し、ここで、新たな発想で地域活性化を進める「一会議所プロジェクト運動」の実施を提唱し、この運動を通じて、全国各地区の商工会議所が地域活性化活動を支援していくことになった。

(二)  被告商工会議所は、これを受けて、長期的視野に立った地域活性化事業を定着させ、魅力ある地域の創設に積極的に取り組んでいくために、(1)商店街の近代化、モール化事業、(2)工業団地等の緑化、環境整備事業、(3)交通網の整備充実に資する事業、(4)商工会館等の建設事業、(5)勤労者の福利厚生に関する事業、(6)文化、歴史の保存、調査事業、(7)CATV事業、(8)その他地域活性化に資する事業を骨子とする事業計画を策定し、推進していくことになった。本件基金はそのための資金を確保し、運用することを目的として創設されたものであり(これに関する「上尾商工会議所地域活性化基金管理規則」及び「上尾商工会議所地域活性化基金運用要綱」は平成元年一〇月三〇日から施行された。)、被告商工会議所は被告上尾市に対しても平成元年七月三日付本件基金に対する助成を要望した。

(三)  これを受けた上尾市は、内部審査を経たうえ、市財政の許す限度で本件基金に対して長期的に、継続して補助金を交付し、これを助成していくこととし、そのために、従来から施行されていた「上尾市補助金等交付規則」のほかに、本件基金に対する補助金の特殊性にかんがみ、新たに「上尾市地域活性化基金設立補助金交付要綱」を制定し、平成元年一〇月一日から施行した。こうして、上尾市は被告商工会議所に対し、本件基金に対する補助金として、平成元年度において一億四一〇〇万円(本件各補助金)を、同二年度において一億一二五〇万円(その一部一五〇〇万円が本件各補助金)を、同三年度において一億八〇〇万円を、同四年度において二五〇〇万円をそれぞれ交付した。このうち平成元年度交付分の一億二一〇〇万円、同二年度交付分の全額、同三年度交付分の八〇〇万円については、それぞれ被告商工会議所の会員である事業所から、使途を商工業の振興若しくは産業の振興のためと指定した、いわゆる指定寄附があったので、これがその財源に充てられた。

(四)  同盟会は、市民の間にJR高崎線上尾駅と桶川駅との中間に「北上尾駅」(当初の段階では仮称)を建設してほしいとの要望が高まっていたため、これを実現することを目的として、関係地元住民、上尾市議会、上尾市等の支援によって結成された団体であり、被告商工会議所は北上尾駅の建設が地域活性化に寄与するとの判断から同盟会の活動を支援した。北上尾駅は、いわゆる請願駅(地元の要請に基づいて新設される駅で、建設費を地元が全額負担するもの)として建設されることになり、当初の計画では、同盟会がその建設費用の全額を負担し、同盟会はその財源を市民や団体を対象とする募金に期待したのであるが、募金活動の成果は思うにまかせず、北上尾駅が建設され、開業の運びに至った昭和六三年一二月の時点で、同盟会は、上尾市に対する駅舎及びホームの建設用地の売買代金二億九四二三万八七四二円(JR東日本、同盟会及び上尾市の三者契約で同盟会がJR東日本の上尾市に対する売買代金債務を引き受けたもの)をはじめ多額の債務を負っていた。そこで、被告商工会議所は上尾市内の一一の金融機関から三億四〇〇〇万円を借り受け、同盟会に対し、そのうち二億円を寄附し、一億一四一二万八九五三円を貸し付けた。金融機関に対する右三億四〇〇〇万円の返済資金については、被告商工会議所は、当初、そのうち二億円については会員である事業所からの地域活性化促進のための拠出金を、一億四〇〇〇万円については同盟会からの貸付金返済金をそれぞれ充てる計画であった。しかし、右返済金はその後の募金活動が奏功しないため期待できず、大口の拠出が期待された事業所は直接被告商工会議所に寄附したのでは課税上の優遇措置を受けられないため、前記のように上尾市に対し指定寄附をするに至った。

そこで、被告商工会議所は、北上尾駅の建設が地域活性化事業の一環である交通網の整備拡充に資するとの判断から、最終的に、本件基金の積立金を取り崩し、金融機関に対し、平成元年三月三一日に二五五〇万円、同年六月三〇日に四二五〇万円、同二年一月四日に一億三六〇〇万円、同三年四月一日に一億三六〇〇万円、合計三億四〇〇〇万円を返済した。

3 右事実によれば、本件各補助金は本件基金の積立金に組み入れられたあと、取り崩され、その大部分が被告商工会議所の金融機関に対する三億四〇〇〇万円の借入金の返済に充てられたが、その時点では、既に、JR東日本は同盟会による債務引受けによって上尾市に対する駅舎及びホーム用地の売買代金の支払いを免れていたのであり、右債務引受後、同盟会が自力でその支払資金を確保できなかったのは当初の見込みに反して市民や団体に対する募金活動が十分な成果を挙げることができなかったためであって、JR東日本、同盟会、上尾市及び被告商工会議所が通謀の上、JR東日本、同盟会及び上尾市間の三者契約の当初から上尾市からの補助金をもって右売買代金の支払に充てることを意図していたというわけではないのであるから、本件各補助金の交付は地方財政再建促進特別措置法第二四条第二項及び昭和六二年三月三日付自治省通達には違反しないというべきである。

のみならず、右認定のとおり、本件各補助金は本件基金に対して交付されたものであり、本件基金は被告商工会議所が長期的視野に立って推進しようとする地域活性化事業の資金確保を目的とするものであるから、公益性を有していることは明らかである。問題は、本件各補助金の交付を受けたあと、被告商工会議所が独自の判断で本件基金の積立金を取り崩して金融機関に対する三億四〇〇〇万円の返済金に充てたことにあるのであるが、元来、北上尾駅の建設が広く一般市民の便益に資するものであって、交通網の整備拡充という被告商工会議所が推進しようとする地域活性化事業の一環とも符合すること、本件各補助金は被告商工会議所の会員である事業所が上尾市に対してした指定寄附を主な財源としていることを考えると、本件各補助金が必ずしもその本来の趣旨と異なる目的に使用されたとはいえず、被告市長がしたその交付決定を取り消すべき場合には当たらない。

そのほか、原告らは、本件各補助金が交付された時点では、被告商工会議所が推進しようとする地域活性化事業は、事業計画自体具体化しておらず、資金を必要とする段階にはなかったことを理由に、本件各補助金の交付には公益上の必要を欠いていると主張するが、前述したとおり、本件基金は長期的視野に立って展開される地域活性化事業のための資金を逐次蓄積して将来の必要に備えることを目的とするものであるから、右の段階での本件各補助金の交付が公益上の必要を欠くとはいえない。また、地方自治法にいう単年度予算の原則は地方公共団体に適用される原則であって、補助金の交付を受けた事業体がこの規制を受けるわけではなく、この点についての原告らの主張は失当である。

したがって、被告市長がした本件各補助金の交付決定は適法であり、上尾市と被告商工会議所間の本件各補助金の授受が公序良俗に反することを目的とした契約とはいえないから、原告らの被告商工会議所に対する請求は理由がない。

三結び

よって、原告らの被告市長に対する訴えはこれを却下し、被告商工会議所に対する請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大塚一郎 裁判官中野智明 裁判官中川正充)

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